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家業を継いだ時の話とこれからのこと。

ここから先は、ボク自身の個人的な話しなります。 興味なければスルーで。w

前職時代のことの前に…

ところで、皆さんは〝工業高等専門学校(通称 高専)〟という学校をご存知ですか? 

〝高専〟というと、「専門学校ですか?」 とよく聴かれるのですが、高専は専門学校ではなくて、工業高等専門学校では工業についての専門的な知識や技術と言ったことがらを5年間学ぶという高等教育機関です。 

ボクは中学を卒業後の進路として、普通高校ではなく工業高等専門学校(通称 高専)の機械工学科を選びました。 

なぜ、高専を選んだのか? と言えば、半分は親の意向と、半分は高専というところに興味があったから… です。 

手前味噌なのですが、高専の受験は倍率も高くて、結構難しいのです。 なので、受験前にはかなり勉強しましたよ。笑  猛勉強したお陰で、なんとか合格することができました。 


_ 今の高専は5年間学んだあと、就職をはじめ、専攻科とか大学編入とか色んな選択肢があります。 特に、大学進学を目指すのであれば、受験をせずに【大学3年へ編入】ができるということができるのですごいメリットがあると思います。 

どっちを選ぶ?

ボクが高専4年生くらいの時に父親が独立起業しました。 

ちょうど、高専を卒業してからの進路について考えていく時期でもあり、学校を出てすぐに親元を継ぐか? それとも就職するか? ということで少し悩みました。 

ちなみに、高専では大学編入制度というのがあって、希望する大学の3回生へ編入するという進路もあります。 が、ボクには編入する頭もなかったんで、就職するという進路をとりました。w (ボクの時代には、まだ専攻科というのがありませんでした…)

就職のことで担任の先生に相談すると、『いずれ辞めて家業に就く』ということで就職活動すると企業側が嫌がるのではないか? と言われました。 だから、就職するのか家業を継ぐのかをしっかり決めるようにと。

たしかに、企業側からすれば『いずれ辞める』人を採用するのは面白くないですよね。 なので、他への就職を希望するなら継ぐということは伏せて活動した方がいいとのことでアドバイスをもらいました。

もしかすると、親が経営者である場合、進学か就職か? で、その選択を悩む場合が多いのだと思います。 ボクの場合でいうと、すぐに親元で就職しようと思わなかった理由が3つほどあります。

まず、理由の1つ目は、

父親は根っからの職人であり、「会社組織」という中で働いた経験がなく、もし、卒業してすぐに親元に入れば、ボク自身も親父も確実に世間知らずになってしまうと思ったこと。 会社という組織を知ってる知ってないとでは、経験値がかなり変わると思ったんです。

2つ目が、すぐに親元に入ってしまうと仕事の時間のみならず、四六時中親と一緒になってしまい、息がつまりそうだと思ったこと。 独り暮らしという考えはなかったので、ず~っと親と同じ生活を余儀なくされる… という考えが先行しました。 

3つ目が、家業では出逢いもなく、プライベートな楽しみも薄くなってしまうと思ったこと。 … これが一番でかかったです。笑 こと、当時の高専は共学と言えども女子率がほぼゼロ。 自分からどこかへ出向かない限り、出逢いもないという… 就職すれば、会社内はもちろん、通勤途中とか、会社同期の紹介とか… 出会うための色んな選択があるんじゃないか? って思ったんですよ。   

なので、一旦は就職して外の世界に触れてみようと思ったのでした。

どんな職種に就こうか、どういう仕事がいいのか… 募集先のパンフレットを見てると、おもしろそうな会社を発見!

前職時代のこと。

高専というところの求人倍率は高くて、就職率はほぼ100%なのです。 こと、その当時は、バブルがまだかすかに活きてた時代背景でもあったので、募集してくる会社も割といい条件のところが多かったです。

あと、〝先に言うたもん勝ち〟という習わしがあって、つまり、行きたいという会社あれば、そこへ先に立候補した人に優先権があるという仕組みになってます。 要は、同じ会社へ同時に2名以上は就職できない(例外はありますが。。)というルールがあるんです。

幸い、ボクが選んだ会社は、ボクしかいなくて。w というわけで、新しくできた半導体製造会社に〝1期生〟として入社することになりました。 

できたばかりの会社… ということで、少しのリスクも感じたのですけど、【1期生】というのはなかなか経験できるもんじゃないよなぁっていう気持ちの方が勝って、そこへの入社を決めたのです。

どの部署へ入る?

就職してからは、システムの部署に配属され、システムエンジニア(SE)として活動していました。 

まず、なんでシステムエンジニアになったかというと、半導体の製造には、さまざまな専門知識がいります。 例えば、半導体そのものの物性であったり、また、化学的な知識とか、物理学もそうだし、工学的なことも。 

ボク自身は、半導体の〝は〟の字も知らなくって、この会社を知って初めて半導体を知ったくらいでした。(^_^;) 

けど、同期の連中は、その道で学んできた人ばかり。 ボクにはそんな知識もなくて…  まぁ、知識はその部署に就けばなんとかなるかもしれません。 でも、専門的な部署に就いてしまうとことになると、その場所、その箇所しかみれないのかなっていう思いと、『全体を見渡せる部署がいいな』と考えもあってシステムの部署を志望したんです。

システムエンジニア(SE)として

SE時代に何をしていたのか? というと・・・

半導体製造では、半導体製造プロセスごとにさまざまなメーカーの機械を使用します。 また、半導体の製造装置からは、たくさんのデータを取得することができます。 処理をしていく上では、それら装置から得られるデータが非常に重要になっていて、処理結果として得たデータを活用して次の処理へつなげていくということを行っています。

その当時、処理結果については、主要な項目を手書きで記録していくということが主流でした。 「トラベラー」といういわゆる、製品伝票を製品のカゴにくっつけて、処理が終わるたびに、そこに処理内容を書き写していくというやり方です。

で、それがコンピュータを使ったシステムに移行され、ホストコンピュータとオンラインで接続することで、自動的にデータを集計していくことができるようになったのです。 処理データを効率的に得るためにもオンラインで処理するということが必要不可欠であり、ボクの担当はオンラインでの処理を円滑に進めていくという業務でした。 

また、オンラインで処理を行うもう一つのメリットには、オペレーションの簡素化というのもありました。 

メーカーによって操作方法が異なるため、製造スタッフにとってはいろんな操作を覚える必要があり作業がものすごく煩雑になってしまうのです。 操作ミスを起こしてしまうと、数百万、数千万、それ以上の損害がでてしまいます。 

これらの問題を改善するため、オンラインシステムを構築して、オペレーションを統一化、簡素化し、製造スタッフへの作業負荷を低減させるという役割も担っていました。

また、オンラインで得れる情報を活かして、製造処理へのフィードバック・フィードフォワードに活かすといったシステムや、装置の稼働率を可視化するシステム、また、アラーム(エラー)履歴を蓄積して、装置メンテナンスに役立てるというシステムの開発なども行っていました。

これって、今でいうところの DX ですよね。 振り返れば、DXのハシリをやっていたってことです。w

インターネットのはしり。

インターネットが世間的に認知され始めたのが、Windows95 が出始めた頃だったと記憶してます。 ボクが入社したのはそれ以前の90年代初頭だったので、インターネットが出始める前の時分にあたります。 

当然、そういった技術はアメリカ発の物も多くて、そういう意味では入社当初から最先端の技術で仕事ができたというのはすごく幸運でした。 物理的なネットワークの構築はもちろん、ソフト上でのインストールやセットアップ、管理など、全部経験できてよかったです。 

ちなみに、オンラインシステムで使っていたのは、「トークンリング」というネットワークでした。 インターネット…いわゆるLANがメジャーになる前の特殊なネットワークシステム。

これらの経験が、辞めた後の今に繋がっています。

ちなみに、アメリカとのやり取りは全て、電子メール。 なので、その当時からごく当たり前に電子メールを使っていました。笑 

振り返ってみれば、SE時代には、【人】【物】【情報】の流れを如何に捉え仕組み化していくか? ということを実践を通して学べたと思います。

余談ですが、半分外資系な会社でしたので仕事でアメリカに行く機会もあり、また、会社組織としてもそれほどキツクなく、有休もとりやすい環境でした。 ダイビングを知ったのもこの当時のお陰です。 公私とも、かなり有意義な時間を過ごすことができました。 (ちなみに、家内とであったのもこの会社のおかげです。 いわゆる、職場。。ってやつです。w)


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